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幼少原風景に胸キュンするの巻
2024年04月12日 (金) 22:26 | 編集
 
自分が住んでいた街って嫌でも愛着が増しますよね。
おいらは、0歳〜3歳が川崎市民、3歳〜22歳が藤沢市民、22歳〜37歳が横須賀市民、37歳〜現在(58歳)が藤沢市民でした。
川崎市川崎区浅田という京浜工業地帯に接する地域の思い出は微かに残っていますが、やはり思い入れのある地は藤沢と横須賀、ということになります。
藤沢では幼少期から青年期を、横須賀で青年期から壮年期を、そしてまた藤沢で壮年期〜中年期を過ごしてきました。
藤沢での合計40年間に比べて横須賀では15年間と短いですが、最も体力のあった期間でしたので、特に夜の街への浸透度は濃密なものがあって、その分の愛着度は藤沢と互角だったりします。

さてそんな折、YouTubeで「湘南藤沢の原風景・発展の歴史〜小田急による江ノ島開発、東屋、龍口園、御用邸招致失敗、鵠沼プールガーデン、江ノ電、江ノ島大橋、鵠沼海岸、その周辺の発展史」という動画を見つけました。





この動画、とても良くまとめられていて、なかなかの見応えでした。

藤沢駅周辺や片瀬・江の島周辺は、おいらの青少年時代に著しく変化・発展を遂げたので、発展する前の記憶がとても甘酸っぱい記憶として脳の片隅の方に残っています。
砂地や湿地が彼方此方に残っていて、そしてとにかく松の木が沢山生えている、色彩としては江ノ電の塗色がまさに象徴している、そんな記憶です。
だから藤沢に引っ越してくる少し前の、まだ自分が生まれていない頃の写真を見ても、胸がキュンとなって心揺さぶられたりします。


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子供の頃の記憶の中の藤沢駅南口駅舎や、江ノ電百貨店、志澤、旧さいか屋とか、、、今や当時のまま残っている物はほとんどなく、残っているのは地下道に続く階段と、名店ビル内の一部の店舗だけですかねぇ。。。



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